理化学研究所(理研)グローバル研究クラスタ疾患糖鎖研究チームの今牧理恵テクニカルスタッフⅠ(研究当時)、北爪しのぶ客員主管研究員(研究当時、現脳神経科学研究センター客員研究員、福島県立医科大学新医療系学部設置準備室教授)、谷口直之チームリーダー(研究当時)、ライフサイエンス技術基盤研究センター微量シグナル制御技術開発特別ユニットの小嶋聡一特別ユニットリーダー(研究当時)、福島県立医科大学看護学部の本多たかし教授らの共同研究グループは、マウスを用いて、血管内皮細胞の細胞膜に発現する接着分子PECAMが持つ糖鎖「α2,6-シアル酸」が、腫瘍の血管新生を調節していることを発見しました。腫瘍は、一般的に血管内皮増殖因子(VEGF[3])を放出し、腫瘍内部に新たな血管を作ることで酸素や栄養分を得てさらに増大することが知られています。そのため、腫瘍の兵糧攻めを狙い、VEGFとその受容体を標的とした血管新生阻害剤が抗がん剤として開発されています。しかし、期待したほどの効果が得られないことが多く、より効果的な薬剤開発のために腫瘍血管新生に対する理解を深めることが重要です。今回、共同研究グループは、α2,6-シアル酸を欠損したマウス(ST6GAL1欠損マウス)と野生型マウスに腫瘍細胞を移植し、その後の腫瘍のサイズや腫瘍内の血管新生について調べました。その結果、ST6GAL1欠損マウスでは腫瘍の増殖が野生型マウスと比べて明らかに減退すること、さらにST6GAL1欠損マウスでは腫瘍内部の血管内皮細胞の多くが死ぬことが分かりました。本来PECAMは、α2,6-シアル酸に結合することで細胞同士を接着させると同時に、他の細胞膜上のシグナル分子と機能的複合体を形成して生存シグナルを伝えます。しかし、α2,6-シアル酸が欠損すると、PECAMが細胞表面にとどまれず、結果的に複合体が異常なシグナルを伝えることで、血管内皮細胞が死にやすくなることが明らかになりました。現在、共同研究グループは、α2,6-シアル酸を模倣した低分子化合物のスクリーニングを行なっています。今後、PECAMの相互的結合を阻害するような選択的化合物を得られれば、新たな血管新生阻害剤の候補になると期待できます。本成果は、英国の科学雑誌『Oncogene』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月2日付け)に掲載されました。
背景 日本におけるがんの累積死亡リスクは、2016年には男性で25%、女性で16%であり、男女ともに死亡率、罹患率が年々増加傾向にあります注1)。腫瘍は、一般的に血管内皮増殖因子(VEGF)を放出し、腫瘍内部に新たな血管を形成することで、酸素や栄養分を得て細胞数を増やし、さらに増大することが知られています。これまで、抗がん剤として血管内皮増殖因子やその受容体の経路を標的とした血管新生阻害剤が開発されてきました。しかし、原発がんには効果がみられるものの、その後のがん転移に対して効果が得られないなどの問題があります。血管新生阻害剤の効果が得られない理由の一つとして、低酸素微小環境下(低酸素でグルコース飢餓状態などのストレス環境)において腫瘍の代謝が再プログラミングされ環境に適応し、腫瘍が増大することが挙げられますが、細胞接着を含む一連の内皮応答も関与していると考えられています。血管内皮細胞は血管の内腔側を構成する細胞で、内腔側はプロテオグリカンや糖タンパク質由来の糖鎖で一面覆われています。一部の糖鎖は、炎症反応や免疫反応を担う血小板や白血球の接着に関わっています。しかし、血管内皮細胞における接着分子の糖鎖が生理学的・病理学的な血管新生において、どのような役割を担っているかはこれまでほとんど明らかになっていませんでした。PECAMと呼ばれる糖タンパク質は、血管内皮細胞や血小板などに多く発現している接着分子で、VEGFの受容体であるVEGFR2や接着分子インテグリンなどと機能的複合体を形成します。2014年に谷口チームリーダーらは、血管内皮細胞の主要な接着分子PECAMからα2,6-シアル酸が欠損するとPECAM同士の相互作用が失われ、PECAMが伝える生存シグナルが減少し、アポトーシが上昇することを報告しました注2)。そこで、共同研究グループは病理学的な血管新生において、α2,6-シアル酸欠損がどのように影響するかを調べました。
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