2012年10月11日 化学療法の発展により、ある程度進行したがんでも長期間生存することが可能になってきている。ただし、はじめはよく効いた抗がん剤でも、次第に効かなくなってしまう問題が残されている。このほど、北海道大学遺伝子病制御研究所の地主将久准教授らは、樹状細胞が出す「ある分子」が、抗がん剤耐性の獲得に関与していることを突き止めた。地主准教授は、消化器内科の臨床医として、抗がん剤による治療を専門にしてきた。「抗がん剤耐性に至る症例を多数、目の当たりにしてきたことで、耐性を獲得する分子メカニズムの解明にも取り組みたいと考え、基礎研究を始めることにしました」。そう話す地主教授はまず、がん細胞が免疫機能を抑制するしくみについて、検討しはじめた。地主准教授が着目したのは、細胞のがん化やHIV感染などによって発現レベルが上がり、ガレクチン-9というタンパク質と結合することでリンパ球の細胞死を誘導することが知られていたTIM-3という分子。TIM-3は抗がん活性の発動に重要な樹状細胞においても発現することがわかっていたが、その機能は未解明だった。「TIM-3が樹状細胞のがん細胞に対する免疫応答性を変化させていると考え、網羅的な解析を始めることにしました」と地主准教授。樹状細胞は、病原体やがん細胞などを「異物」と認識し、自然免疫を発動させるための強力な抗原提示細胞として機能する。一方で、「自然免疫による抗がん活性が高いほど、抗がん剤による治療効果が得られること」や、「抗がん活性は、がん細胞が作り出す『さまざまな因子』によって抑制され、この因子ががん細胞の活性化に寄与することもあること」などがわかってきた。地主准教授はまず、がん組織に存在する樹状細胞では、TIM-3の発現が顕著に増強されていることを突き止めた。「そのうえで、樹状細胞を欠損したマウスやTIM-3遺伝子を欠損したマウスを対象に、自然免疫による抗がん活性と、抗がん剤による抗がん活性について調べ、結果を分子レベルで検証してみました」と地主准教授。得られた成果は、驚くべきものだった。樹状細胞が自然免疫による抗がん活性を発揮するには、自らのToll様受容体などに「がん細胞由来の核酸」を結合させなければならない。ところが、TIM-3は、結合性をもつはずのガレクチン-9ではなく、HMGB1という別の因子と結合することで、HMGB1と「がん細胞由来の核酸」の結合を妨げ、結果として自然免疫受容体と「がん細胞由来の核酸」の結合を阻害していることがわかった。さらに地主准教授らは、マウスの大腸がんや肺がんにTIM-3阻害剤を用いると、抗がん剤への耐性が劇的に改善されることも見いだした。地主准教授は「私たちは、自然免疫活性を介した抗がん作用にブレーキをかけるしくみを世界ではじめて解明できました。がん細胞は周辺の樹状細胞を利用し、TIM-3遺伝子を誘導させることで自らが増殖しやすい微小環境を整えていたのです」としたうえで、「このしくみを逆手にとってTIM-3の発現をうまく阻害できれば、がん治療の効果を大幅に改善できるようになるでしょう」と話す。実はごく最近、TIM-3と同じように、がん組織中のTリンパ球で誘導され、その活性抑制に関わるとされる「PD-1」という分子のヒト阻害抗体が開発され、悪性黒色腫、肺非小細胞がん、腎細胞がん患者の約3割で腫瘍抑制効果を発揮したとの報告がなされた。「同じ手法で、TIM-3の阻害抗体の開発もすでに始まっているようです。TIM-3はTリンパ球のみならず、私たちが報告したように樹状細胞の機能をも抑制しています。また、がん幹細胞でも発現が高く、がんの増殖活性の増強に寄与しているとの報告もあります。これらのことは、TIM-3阻害抗体がPD-1阻害抗体よりも強い抗がん効果と、高いがん特異性を発揮することを示唆しているといえます」と地主准教授。今後は、樹状細胞以外のマクロファージ、好中球、単球などのミエロイド細胞についても、がん細胞との相互作用や抗がん活性制御のしくみを解明し、より効果的ながん治療の創出につなげたいとの意欲をみせる地主准教授。毎年、60万人が発症し、30万人以上が死亡し、日本の国民病と化しているがん。その進行を食い止めるべく、地道な研究の日々が続く。西村尚子 サイエンスライター
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