[放射線科医、医療ライター]国会では働き方改革法案の審議が佳境を迎えている。働き方改革を叫ぶ多くの企業同様、医師の世界でも、働き方改革の必要性はそれなりに認識されている。背景には女性医師や高齢医師の増加が挙げられる。医師にも、女性の就労におけるM字カーブは同様に存在する。M字カーブとは:日本女性の年齢別の労働力率が30代の出産・育児期に落ち込み、子育てがひと段落する40代で再上昇すること。データによると、既婚者はもちろん、独身でも男性医師の労働時間は女性医師をやや上回ることが知られている。大病院では、パートタイムで働く医師以外でタイムカードを使用することはほとんどない。若手であれば週1〜2回、ベテランでは月1〜2回ほどの当直業務に従事していることも多いが、これまで当直している時間は労働時間としてカウントされてこなかった。また、あまり知られてはいないが、当直に類似した業務として「オンコール」というものがある。オンコールとは、「病院に泊まる必要はないが、急患などで呼ばれたときは病院に駆けつけ、対応する」という役割であり、大病院の医師は当直の他、週数回オンコールをこなしていることが多い。診療科や病院によって呼び出しの頻度には差があるが、病院から離れたところに出かけることはほとんどできないし、常に電話を気にして気が休まらない。最近では徐々に減る傾向にあるものの、深夜帯や休日にも、当番制ではなく「主治医」が常に患者をみなければならない「完全主治医制」という仕組みもあり、自分の患者に何かあれば24時間、ささいなことでも病院に駆けつけなければならない。このような働き方が前提だと、特に女性医師は出産後には従来の働き方が困難になる。病院内に保育園があればまだ可能かもしれないが、それでも医師は頻繁に異動がある。子どもが少し大きくなると、小学校に向けて地域の保育園に入れたいと考える人も多い(病院内の保育園は乳児が多く、入れ替わりも激しいため、4〜5歳児が社会性を養う場としては、あまり適していないと考える人も多いかもしれない)。子どもの発熱による頻繁な早退などが理解されないこともままある。これまでは、120%の力で働くことができない人は第一線からは退き、健康診断など9時5時で働ける業務に就くことが当然とされる向きもあった。健康診断もひとつの専門分野だが、それまで全く別の分野で研さんを積んでいた医師が「労働時間に制限があるから」という理由で、研修医でもできるような「聴診、問診」に長年従事するというような、「資源の無駄遣い」にも思えるような事態も「当然」とみなされてもいた。結果、大学病院や市民病院などの大病院には男性ばかりが残っていき、上層部はほぼ男性で占められることになる。例えば私は放射線科医(放射線診断専門医、CTやMRIなどの画像診断を専門とする)として、自宅で、遠方の施設から送ってもらった画像の遠隔読影の業務をこなしている。画像診断の中でも、乳房の画像診断やPETなどの分子イメージングが専門分野だが、業務の半分は専門分野の読影が占める。週1回は神奈川県内の大学病院でも業務を行っている。通常大病院では、診療業務と研究業務、カンファレンスなどが渾然一体となっているが、私の場合、そういった業務をいくつか自分で組み合わせ、カスタマイズしている。出産後、しばらくは常勤医として働いたが、子どもがいると、それほどハードワークに見えないようなスケジュールで働くことも案外に難しい。例えば、朝8時30分から夕方6時30分の勤務も、保育園の送り迎えや、急な体調不良への対処などを考えると容易ではない。通常は、こういった「定時」勤務だけでは十分ではなく、時間外に「カンファレンス」とよばれる診療科内や、ほかの診療科との症例検討会や会議がある。そういったプラスアルファの業務をこなし、やっと周囲からの「信頼」を得ることができる。子どもが2人以上になると、「定時」ですら難しくなる。私の場合、子ども2人が違う保育園に入らねばならなくなった事情もあり、「9時30分から16時30分の時短」で働いたこともあったが、「プラスアルファ」どころか「半人前の戦力」として、日常業務をこなすだけの毎日になった(これをマミートラックというのかもしれない)。「0か100か」という選択に疑問を持ったのも、今の働き方を選んだ理由かもしれない。これまで子育て中は、語弊はあるけれども「ゼロ」に近い単純業務に従事している人も少なくはなく、最先端の医学や研究からは遠ざかる人も多かった。しかし、IT技術を使えばスカイプで会議はできるし、時間外のカンファレンスを昼間に変更することも工夫すれば可能だろう。多くの人が「参加」できる職場をつくるには既成の仕組みを改善していくことが必要かもしれない。医師の社会では出産や子育てを前提とする働き方の制度は長い間整備されてこなかった。30年、40年制度の進歩が止まっていたように思う。女性医師が少数派だったこと、「医師は24時間働くもの」という強い思い込みもあった。しかし、他にも理由があると私は思う。先ほど書いたことと矛盾するようだが、従来の大学病院の組織には、ある程度の「柔らかさ」「曖昧さ」とも言うべきものがあった。子育て中の場合は、大学院に進んで診療業務から外れて、あまり時間に縛られない研究業務だけをする、というようなことはよくあったし、大学院ではなくとも、研究をしながら外来診療だけ担当することもあった。ただ、こうした働き方は人間関係や診療科の環境にも左右されるので、万人が選択できるわけではない。逆説的だが、このような「抜け穴」のような「柔らかさ」があったからこそ、「きちんとした万人が使える制度」が整備されてこなかったとも言える。
厳格な制度改革は誰のため? しかし近年、医師の働く環境も整備されつつある。同時に「専門医制度」の改革も進んでいる。専門医制度とは:医療の高度化に伴い、特定の専門領域を極めた医師が求められるようになり、これまで各学会が整備していた「専門医」の資格だが、質が一定しないなどの問題が指摘されていた。2014年5月に「日本専門医機構」が設立され、2018年度から、専門医機構のもとで新たな専門医制度がスタートした。「専門医制度」における専門医の取得や更新はこれまで専門分野への従事年数や症例数などは問われたものの、現在ほどの細かい項目は課されていなかった。ところが、昨今の制度改革でかなり縛りの多い状態になりつつある。詳細な業務状態や症例の報告、学会における講義の受講義務化(患者サイドに立つと、いい改革のようにも受け取られるかもしれないが、こういった仕組みは煩雑で形骸化しやすくもある)などが年々複雑に、しかも厳しくなっており、女性医師のキャリアにとってはより融通が利きづらいものになる可能性がある。学会や講習会への出席も厳密なポイント制となっている。学会は遠隔地で開かれることも多く、それほど頻繁に長い時間出席することは、子どもの預け先の確保などを考えても、かなり大きな負担だ。eラーニングで済ませられるような講習は、極力eラーニングに移行する必要があるだろう(女性医師に限らず、「単位のために出席する講義」の比重が大きくなってしまうと、興味のある学術分野の発表を聞くこともできなくなり、本末転倒である)。「家庭も、仕事も、全てを取ることはできない」という言葉は主に女性にだけに向けられてきたが、本当にそうだろうか。固定概念を変えていけば、場合によっては全てを取ることは可能なのかも知れない。私も今のような働き方を選択することによって、「捨てたもの」がないわけではない。それはひょっとしたら「出世」なのかもしれない。学術的な世界である程度の立場を築こうとすれば、「常勤」であることがひとつの大きな条件になる(それなりに、これは理にかなったことだとは思う)。最近では、診療報酬における常勤用件の緩和なども進んでいるが、働き方改革と矛盾しない制度改革が必要なのではないだろうか。松村むつみ:放射線科医、医療ライター。ネットメディアなどで、医療のことを一般の人たちにわかりやすく伝えることを心がけて記事を執筆。一般の方の医療リテラシーが高まることを希望している。人口問題や働き方など、社会問題にも関心が高い。
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